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横浜地方裁判所 平成5年(行ウ)11号 判決

原告

有限会社弘友不動産

右代表者代表取締役

坪田國弘

右訴訟代理人弁護士

田中公人

平野雅幸

被告

横浜市建築主事

武宮秀教

右訴訟代理人弁護士

綿引幹男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告が、建築基準法六条四項に基づき、平成四年六月二六日付けでした、原告の建築確認申請が横浜市建築基準条例四条に適合しない旨の通知処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、被告が、原告のした建築基準法(以下「法」という。)六条一項に基づく建築物の建築確認申請に対し、右申請にかかる建築計画は、路地状部分の長さに対しその部分の幅員が不足し、横浜市建築基準条例(平成三年横浜市条例七一号による改正後のもの、以下「市条例」という。)四条に抵触するとして、これに適合しない旨の通知処分(法六条四項)をしたのに対し、原告が、市条例四条は特殊建築物の敷地に関する法四三条二項を根拠とするものであり、本件のような計画建物の敷地には適用されないから、本件処分は違法であるなどとして、その取消しを求めたものである。

一  争いのない事実

1  原告は、平成四年六月二〇日、被告に対し、以下の建築計画にかかる建築物について、法六条一項に基づく建築確認申請(以下「本件申請」という。)をした。

(一) 建築主 原告

(二) 敷地(以下「本件土地」という。)

地番 横浜市金沢区高船台一丁目三二一九番三三、同区大道一丁目三二一九番二八

面積 125.09平方メートル

地域 第一種住居専用地域、準防火地域

(三) 建築物

構造 木造二階建住宅

建築面積 45.75平方メートル

延べ面積 89.64平方メートル

2  本件土地は別紙図面ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、アの各点を順次直線で結んだ範囲の土地であるが、その北側部分は一七メートルにわたり路地状を形成しており、右路地状部分の北端は、幅員五メートルの公道に2.5メートル接している。なお、右路地状部分の幅員は、別紙図面ウ点より南側の部分においては二メートルであり、右接道部分より狭くなっている。

3  市条例四条は、建物の敷地が路地状部分のみによって道路と接する場合、右路地状部分の幅員は、その長さに応じて所定の数値としなければならない旨規定し、ただし書として、「周囲の状況又は建築物の用途、構造若しくは配置により安全上支障がない場合においては、この限りではない。」と定めている。そして、同条は、路地状部分の長さが一五メートルを超え二五メートル以下の場合、その幅員は三メートル以上を要するとしている。被告は、本件土地の路地状部分の長さが一七メートルであるところ、その幅員が三メートルに満たず、かつ、ただし書に規定する場合にも当たらないとして、原告に対し、法六条四項に基づき、平成四年六月二六日付けで、本件申請が市条例四条に適合しない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、平成四年六月二九日、本件処分を不服として法九四条一項に基づき横浜市建築審査会に対して審査請求をしたが、同審査会は同年九月二九日、これを棄却する旨の裁決をしたので、原告は同年一〇月六日、法九五条に基づき建設大臣に対して再審査請求中である。

二  争点

本件の争点は、1敷地が路地状部分のみによって道路に接する場合に、路地状部分の長さに応じてその幅員を所定の数値とすべきことを定めている市条例四条本文は、本件のように特殊建築物に当たらない建物の敷地についてもその適用があるか、換言すれば、市条例本文は、一般規定である法四〇条を根拠とするものか、それとも、特殊建築物についての規定である法四三条二項を根拠とするものか、2前者であるとした場合、そのような規定は、必要かつ合理的な規制といえるか、また、3本件は、市条例四条ただし書の場合に当たるか、である。

これらについての双方の主張は、以下のとおりである。

(被告の主張)

1 市条例四条の制定根拠について

市条例四条は、法四三条二項を根拠として接道部分に関する制限を付加したものではなく、法四〇条を根拠として、法四三条二項とは異なる観点から敷地の形態について規定したものである。

すなわち、法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図ることを目的とするが(一条)、第三章において、都市計画の観点から建築物一般に関する集団規定を設け、第二章において、個々の建築物の安全の観点から単体規定を設けている。法四三条は、右の集団規定に属し、都市計画の観点から敷地と道路の関係について規定したものであって、一項で接道部分を所定の長さと定めるとともに、二項で特殊建築物等については、条例で必要な制限を付加することができるとしている。一方、法四〇条は、単体規定に属し、個々の建築物の安全の観点から、特殊建築物の場合に限らず、すべての建築物について、地方の風土の特殊性により、条例で、敷地の形態等に関し、安全上、防火上又は衛生上必要な制限を付加することができると定めている。そして、ここに「風土」とは、自然的環境それ自体を意味するのみならず、その影響を受けて形成された社会、経済、文化状況を総称するものと解される。

ところで、横浜市の人口は、昭和二六年に一〇〇万人を突破した後も急増を続け、昭和四六年には二三四万人に達したが、このような急激な人工増加が小規模敷地と木造建築物の密集による都市の過密化をもたらした。そこで、横浜市は、昭和四七年、右の法四〇条を根拠として、市条例四条を制定し、敷地が路地状部分のみによって道路に接する場合について、通行及び避難の安全の見地から、建築物の種類如何を問わず、路地状部分の長さに応じて一定以上の幅員を確保しようとした。すなわち、市条例四条は、「敷地の形態」それ自体について規定したものであり、道路と敷地の関係を規定したものではないから、同条を法四三条二項に基づく規定と解することはできない。このことは、同条の見出しが「敷地の形態」となっていることや、市条例の提案理由が、「敷地の形態に関する規定を新設し、道路と敷地の関係に関する規定の整備を図」るとして、「敷地の形態」に関する規定と「道路と敷地の関係」に関する規定とを明確に区別していることからも明らかである。

2 市条例四条の規制内容について

市条例四条の規制内容は、他都市の規制の実情と照らし合わせても、著しく不合理なものとはいえず、もとより法四〇条の委任の範囲を超えているものではない。

3 市条例四条ただし書の適用について

原告は、本件土地の路地状部分が隣地の同形の路地状部分と対象をなす位置に存することから、二つの路地状部分を併せれば、その幅員は五メートルとなり、通行及び避難の安全上支障がない旨主張する。

しかし、この場合の相隣接する二つの路地状部分は、原告が別個に建築確認申請した別個の敷地について、それぞれ避難上、消火上必要な通路に当たり、これらを併せて一つの路地状部分とすることは、右路地状部分を二つの建築物ないし建築敷地の共通の通路として使用することにほかならず、法施行令一条一号に違反する。しかも、本件土地及びその隣地はいずれも転売が予定されており、将来にわたり同一の所有者に属する保証はないこと、右路地状部分はその大部分が勾配四〇度の階段状の急傾斜地であり、その下方における通路の有効幅員は2.6メートルにすぎないこと、右二つの路地状部分の間には手摺を設置するための穴が設けられており、手摺が設置された場合、通路としての有効幅員はわずか1.3メートルとなることからすれば、本件土地は通行及び避難につき安全上支障がないとはいえない。

(原告の主張)

1 市条例四条の根拠規定について

市条例四条は、敷地が路地状部分のみによって道路に接する場合に、路地状部分の長さに応じてその幅員を所定の数値とすべきことを定めているが、同条の主眼は、あくまで接道部分につき一定の幅員を確保することにあり、ただ、接道部分の幅員が確保されていても、路地状部分の幅員がこれより狭くなるような場合には、敷地の通行及び避難の安全という同条の目的を全うし得ないことから、特に、路地状部分についても一定の幅員を要すべき旨規定したものである。そして、市条例四条が路地状部分の幅員を規定したことの効果として、当然に接道部分についても同じ幅員を要すべきものとされる以上、同条は、法四三条一項の定める接道義務を加重するものにほかならず、敷地と道路の関係等について地方公共団体が条例で必要な制限を付加することができる旨規定した法四三条二項に基づくものと解すべきである。このような解釈が正しいことは、法の解釈を示した各種の文献や判例等において、路地状部分の幅員の規制を法四三条二項による、同条一項の加重規定であると解説していることやその制定の過程からも明らかである。しかし、法四三条二項は、条例で制限を付加することができる建築物を特殊建築物等の建築物に限定しているが、市条例四条は、その適用の対象となる建築物を何ら限定していないから、少なくとも、同条が法四三条二項の定める建築物以外の建築物に適用される限りにおいて、違法である。

そして、本件処分は本件土地に建築予定の建物が法四三条二項所定の建築物に該当しないにもかかわらず、市条例四条を適用したものであるから、違法である。

なお、被告は、市条例四条を法四〇条の「地方の風土の特殊性」に基づくものである旨主張するが、同条にいう「風土」とは、そもそも土地の状態、気候、地味などの自然的条件を意味するものであるから、右の主張は許されない拡大解釈である。

2 市条例四条の規制内容について

東京都建築安全条例(平成五年東京都条例八号による改正後のもの、以下「都条例」という。)三条は、敷地の路地状部分について市条例四条と同様の規制をしているが、その内容は、路地状部分の長さが二〇メートル以下の場合には、幅員は二メートル、二〇メートルを超える場合には、幅員は三メートルで足りるものとしており、市条例四条よりも緩やかな規制となっている。東京都が日本で最も人口、建築物の密集の進んだ地域であることは明らかであるから、市条例四条が路地状部分の幅員に関し都条例より厳格な規制をしていることは、立法目的達成のため必要な規制の範囲を逸脱するものであって、違法である。

3 市条例四条ただし書の適用について

市条例四条ただし書は、「周囲の状況又は建築物の用途、構造若しくは配置により安全上支障がない場合」には、同条本文が適用されない場合がある旨規定しているが、横浜市は、「条例四条ただし書基準について(通知)」と題する書面で、市条例四条ただし書は、「既成市街地内の建築物が密集している地区において、基準時前の確認等がされた建築物があり、かつ、現に幅員二メートル以上の路地状部分が確保されている敷地で、通行及び避難の安全上支障がない場合」にこれを適用しうるとしている。

本件土地は、その周辺に建築物が密集していないうえ、路地状部分の東側に隣地の路地状部分が対称をなす形で隣接しているから、右二つの路地状部分を併せれば、接道部分の幅員は五メートル、別紙図面のウ点南側の路地状部分の幅員は四メートルとなり、通行及び避難の安全上支障がないことは明らかである。

よって、本件土地には市条例四条ただし書が適用されるべきであり、被告は右ただし書の解釈適用を誤ったものであるから、本件処分は違法である。

第三  争点に対する判断

一  争点1(市条例四条の制定根拠)について

1  法四三条は、法第三章に規定されているが、法第三章の諸規定はいわゆる集団規定とされ、建築物の集合に伴う都市環境の悪化や火災等の危険に対処し、安全、快適な市街地を形成するため、都市計画区域内に存する建築物等につき必要な規制を施したものである。そして、法四三条一項は、道路が建築物の利用に不可欠のものであり、また、道路のないところに建築物が密集すると、火災時の避難等に支障をきたすことから、このような道路と建築物の関係に着目し、通行及び避難の安全の見地から、建築物の敷地は建築基準法上の道路に二メートル以上接しなければならない旨規定している。

一方、法第二章は、個々の建築物の衛生、安全の見地から単体規定を設け、建築物の衛生、安全を図るため、全国一律の最低基準を定めているが、法四〇条は、地方公共団体が地方の実情により右目的を全うし難い場合には、その地方の気候若しくは風土の特殊性又は特殊建築物等の用途・規模により、条例で、建築物の敷地、構造又は建築設備に関して安全上、防火上又は衛生上必要な制限を付加しうる旨規定している。そして、住居が密集する都市部においては、右目的を全うするため格別の規制が必要となることからすれば、同条の「風土」とは、地質、地形等その地方に特有な自然的条件を意味するのみならず、都市部における住居の密集等の社会的条件をも含むものと解される。

2  証拠(甲二五号証、乙三号証、四号証の一ないし七)によれば、横浜市の人口は、昭和四三年には二〇〇万人を超え、昭和六三年には三一五万一〇八七人に達し、その後も増加を続け、平成二年における人口密度は一平方キロメートル当たり9468.3人に及んでいること、横浜市建築局の建築物確認申請の取扱件数は、昭和三九年において、推計二万四九二一件であったが、その後増加を続け、市条例四条施行の前年である昭和四六年には三万二五八四件に達したこと、このように、横浜市においては、昭和四〇年ころから、高度の都市化に伴う人口の急増、居住用建物の密集という現象が生じたことから、横浜市は、密集した居住環境の下で、建築物等の安全、防火の目的を全うするため、建築物の敷地に関する必要な制限の付加として、昭和四七年、横浜市条例一一号により、路地状部分の幅員につき規制した市条例四条を設けたことが認められる。

3  ところで、市条例四条が、右のような背景の下に制定されたことや、「敷地の形態」という表題の下に規定されていること、さらには、その規定内容が、建築物の敷地が路地状部分のみによって道路に接する場合に、敷地の通行及び避難の安全の見地から、右路地状部分につきその長さに応じて一定の幅員を確保しなければならないとするものであることに照らせば、同条は、いわゆる単体規定の観点から法四〇条を根拠として敷地の形態を直接規定したものと解するのが相当である。

そして、証拠(甲一九号証、乙一五、一六号証、一八ないし二〇号証、二五ないし二八号証、三〇号証)によれば、東京都を初め、埼玉県、茨城県、札幌市、愛知県、京都府等の自治体においても、ほぼ市条例四条と同趣旨の規定が建築基準条例として定められていることが認められる。

なお、市条例四条がこのような制限を付加した結果として、路地状部分が一定の長さ以上に及ぶ場合には、法四三条二項の要件にかかわらず、同条一項の定める接道義務を条例により加重したのと同様の効果が生ずることになるが、敷地の接道部分につき法四三条二項所定の幅員が確保されていても、路地状部分が相当の長さに及ぶような場合には、なお、敷地の通行及び避難に支障をきたすことが十分予想され、法四三条は、このような場合に、条例が単体規定の観点から路地状部分の形態に関する制限を付加することを禁じているものとは解されないから、このことから直ちに、市条例四条が法四三条二項に違反するものとはいえない。

以上のとおりであって、原告の指摘するように、この点について、文献等において、その解釈に若干混乱の生じている様子は窺われるが、市条例四条は法四〇条に基づく規定であると解すべきであるから、市条例四条が法四三条一項に基づくものであることを前提とする原告の主張は理由がない。

二  争点2(市条例四条の規制内容)について

前記のように、市条例四条は、建築物の敷地が路地状部分のみによって道路に接する場合に、敷地の通行及び避難の安全の見地から、右路地状部分につきその長さに応じて一定の幅員を確保しなければならないことを定めるものであるが、その規制内容や前記他府県の条例との比較からして、これが必要かつ合理的な規制の範囲を逸脱していると認めることはできない。

原告は、横浜市よりも、人口、住居の密集の程度の著しい東京都において、都条例三条が、路地状部分の幅員に関し、市条例四条より緩やかな規制をしていることから、市条例四条は、必要かつ合理的な規制の範囲を逸脱したものである旨主張するところ、平成五年の改正の結果、都条例三条が原告主張のとおりの規制内容となっていることが認められる(甲一九号証、なお、改正前は、一五メートルを超え二〇メートル以下の場合、幅員は三メートルとされていた。)。

しかしながら、各地方公共団体が、法律の範囲内で、敷地の形態に関し独自に規制を施しうる以上、その規制の内容、程度について、地域によってある程度の差異が生じることは、当然起りうるところであって、市条例四条の規制が都条例三条の規制よりも厳しいからといって、そのことから直ちに市条例四条が必要かつ合理的な規制の範囲を逸脱しているものとはいえない。よって、右主張は理由がない。

三  争点3(市条例四条ただし書の適用)について

証拠(甲一〇号証、一五号証、乙六号証の一ないし四、九号証、二九号証)によれば、本件土地を含む一団の宅地は、原告が法地を造成したもので、本件土地はその中段の位置にあり、北側の本件路地状部分のみが唯一の通行及び避難路となっていること、そして、右路地状部分は大部分が勾配四〇度の急斜面の階段状をなし、隣接地の路地状部分と併せ、幅員五メートルの公道に接しているものの、右の二つの路地状部分の接する線上には手摺を設置することが予定され、そのための穴が開けられていることなどが認められる。右事実によれば、本件土地は通行及び避難の安全という観点に照らし、市条例四条ただし書にいう、安全に支障がない場合には当たらないものといわなければならない。

原告は、「条例四条ただし書基準について」と題する建築局長通知(甲六号証の一部)の2項が、基準時である昭和四七年七月一日当時の既存不適格地(右当時現に存する敷地で、市条例四条本文の要件を満たさないもの)のうち、二つの路地状部分が隣接する場合に、市条例四条ただし書を適用しうるとしていることから、本件土地についても、これと同様の取扱いをすべき旨主張する。そして、前述のように、原告が本件土地と同時期に造成した隣地に、本件土地の路地状部分に隣接して同様の路地状部分が存することが認められる。

しかしながら、本件土地が、右の既存不適格地に該当しないことは明らかであり、また、右通知は、当該路地状部分内に障害物がないこと、関係権利者から当該路地状部分の形態を現状どおり維持する旨の誓約書が提出されたことを市条例四条ただし書適用の要件とする取扱いをしているが、証拠(甲一七号証、原告本人尋問の結果)によれば、原告は本件土地を分譲目的で造成したことが認められ、分譲の結果、本件土地又は隣地が第三者の所有に帰した場合、隣接した路地状部分が現状のまま使用される保証はなく(前述のように、手摺の設置も予定されている。)、隣地の路地状部分との中間に障壁等の設置される可能性も否定し得えない。

したがって、右通知の基準に照らし、本件土地について市条例四条ただし書の適用があるとする原告の主張は理由がない。

四  結論

以上のとおり、本件申請に対する被告の処分は正当であって、その取消しを求める原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浅野正樹 裁判官近藤壽邦 裁判官近藤裕之)

別紙地形図〈省略〉

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